Liverpool × Borussia Dortmund
Liverpool × Borussia Dortmund
今日の舞台はアンフィールド。
選ばれたピッチ上の22人、「静と動」の異った性質を持つ両指揮官、熱い感情を持ち合わせる非常に似た両チームのサポーター。
奇跡、悲劇、感動、失望など数多の感情と劇的な歴史が生まれたスタジアムは今夜、どのような90分を見せてくれるだろうか。
試合前には「ヒルズボロの悲劇」で犠牲となった96人への黙祷が1分間行われ、吹き抜ける風の音さえ聞こえるほど、静かでゆるやかな時が流れていた。
嵐の夜を迎える事など、誰も知らずに。
◇Liverpool
ー この試合、失敗は許されない。
ユルゲン・クロップは試合前のプレスカンファレンスでそう発言した。
リヴァプールは4-2-3-1を選択。
前節、貴重なアウェーゴールを奪ったオリギを1トップに座らせ、2列目に3枚を並べる事で流動性に溢れる攻撃が予想されるスターティングラインナップ。
主将ヘンダーソンを欠き、ジャン、ミルナーが中盤のネジを締め、いつものバック4が後列に名を連ねるリヴァプール。
エース、スタリッジはベンチから戦況を見つめ、ここぞという時に出撃する。
4強の椅子は譲れない、英国代表リヴァプール。
本日のキープレイヤーは左SH、フィリップ・コウチーニョ。
ー 我々は2点以上を奪いに行く。
戦術家トーマス・トゥヘルは滑らかな口調で語りだす。
ドルトムントも4-2-3-1の布陣でアウェーゲームに臨む。
前節との違いは香川がトップ下に入っていること、2ボランチであること、ベンダーではなく対人守備に定評があるソクラテスを起用していること。
最低でも1点以上取らないと、敗退が決まってしまう独国の精鋭達は真紅のゴールネットに迫る。
キープレイヤーは右SHのヘンリク・ムヒタリアン。
直前にあったシャルケ04とのレヴィアダービーでは主力を温存し引き分け、厳しい批判を受けるトーマス・トゥヘルは偉大なる前任者、ユルゲン・クロップの陰影を乗り越えられるか。
決勝の地、バーゼルへの切符を巡る戦いは、静かにキックオフを迎えた。
*前半
キックオフの笛と同時に、インテンシティの高いプレッシングを行う両チーム。
譲らない気持ちが互いに見て取れるほど強度の高いものであった。
少しゲームが落ち着き、ボールを大事にし始めたのはリヴァプール。
1st leg同様にホームチームが主導権を握る展開に。
ポゼッションするリヴァプール、カウンターを狙うドルトムントといった構図となるように思えたが、僅か4分と少しで別の図に変わってしまう。
*早すぎた先制点
右から左に攻めるリヴァプール。
ボールを拾ったムヒタリアンは、そのままドリブルで駆け上がる。
ボランチのジャンが右サイドのムヒタリアンに食いつき、ムヒタリアンは中央の香川に展開。
香川は右サイドのカストロに斜めパス。
カストロは巧みな1トラップを加えることでサコーの視野、身体の向きをボールに固定させ、サコーの裏を抜けるオーバメヤンへふわりと浮かせたパスを選択。
1度、ミニョレがシュートを弾くもムヒタリアンが押し込み、ドルトムントが先制。
0−1。
待望のアウェイゴールにボルシアから駆けつけた3000人の黄色い壁が揺れる。
この試合最初の得点シーンとなったが、取り上げるべき点として
1.ボランチ間の距離の広さ
2.エムレ・ジャンの軽率な判断
この2点。
1(ボランチ間の距離の広さ)について
この日、2ボランチで組んだミルナーとジャンのコンビだが、1枚目でわかるようミルナーの位置がかなり高い。1トップのオリギとほとんど同じである事がわかる。
3列目の選手が敵陣の高い位置まで上がる事で、厚みのある攻撃をしたい!という理論はわかるが、それならば大前提として最後はシュートで終わるような最後まで攻めきる攻撃力が無ければ、簡単にバイタルエリアを提供するだけの人間回天桜花フットボールそのものである。
もっとも、バイタルエリアを空け渡す事が無く、相手の攻撃を遅らせる有能ボランチがいるならばミルナーのプレスバックも間に合うので、話は全く別なのですが。
2(エムレ・ジャンの軽率な判断)について
サイドを前進するムヒタリアンに対し簡単に寄せに行き、ゾルディック家の庭ほどに広大なバイタルエリアをアッサリと明け渡したエムレジャン。
守る優先順位としてはバイタルエリア>>>>サイドなので、あれは絶対にやってはいけない行為です。禁忌です。
ここではボールを奪われた瞬間に首を振って後ろを確認、数的優位ならばチャレンジで数的同数ならばステイという判断が最も望ましいので、「サイドでのドリブル前進はある程度許容し、CBへカバーの指示を出しつつ、バイタルエリアを埋め、味方のプレスバックを待つ」が正解だと思います。
*トーマス・トゥヘルのマニフェスト
待ち望んだ先制点に脚色が良くなるドルトムント。
いまだ試合に入れず浮き足立つリヴァプール。
対称的に進む試合に、新たな動きが生まれる。
左から右に攻めるリヴァプール。
ミルナーはフィルミーノの足下へ預けて、リターンを貰うためサイドへ走る。
パスをコントロールするフィルミーノ
しかし、フンメルス、ヴァイグル、ロイスに囲い込まれボールを失う。
ボールはロイスの元へ転がり、ロイスはドリブルで前進。
すかさずリヴァプールも囲い込む
ものの、加速するロイスを全く捕まえられず
ロイスは3人を交わし,更に前進。
バイタルエリアのジャンが迎撃に向かう。
全力で潰しに行くジャン
ロイスはジャンのタックルを食らう1テンポ前にラストパス。
サコーの裏へ抜け出したオーバメヤン。
滑りながら放ったシュートはGKミニョレの顔の脇を通過、ニアの天井に突き刺さり、ドルトムントサポーターが歓喜の渦となる2点目がカウントされる。
0−2。
「2点以上を奪いに行く」
僅か8分で試合前の公約を成立させたトゥヘルの拳には固い覚悟が感じられた。
リヴァプール、ここで良くなかったのがサコーのポジショニング。
この局面ではもっとCB間の距離を縮める
あるいは裏へ抜けるオーバメヤンに着いて行く事が出来ていたなら防げた局面だと思いますが、中途半端な対応を呈し、あろう事かCB間にラストパスを通され失点してしまった。
*特別なアンフィールド
オーバメヤンがスーパーゴールを決めたその瞬間から延長の可能性が無くなり、リヴァプールが次のラウンドへ進むには逆転、すなわち3点が必要となる。
苦い顔のクロップ、渾身のガッツポーズを繰り出すトゥヘル。
遠くを見つめ、大きく息を吐くコウチーニョ、遠方から駆けつけたファンへ前方宙返りのゴールセレブレーションを見せるオーバメヤン。
開始8分で2失点の状況、追加点を機に更に活気づく黄色い戦士達を前にピッチ上は早くも敗戦濃厚といった空気が流れる。
実に対称的な両チームを映し出す現地カメラだったが、不変な景色もあった。
あの空間には、おそらく世界で1番諦めの悪い集団がいた。
たかが2失点など、どこ吹く風。
失点した直後に『Fields Of Anfield Road』を歌いだすリヴァプールファンだけは、逆転を疑う事無く「あの日」のように歌い続けた。
「我々は変わらなければならない。Doubter(疑う者)からBeliever(信じる者)へ。」
「ドルトムント戦はマンチェスター・ユナイテッド戦以上の雰囲気にしてほしい。」
いずれもユルゲン・クロップの要求だが、40000人以上のBelieverはそれに応え、 ドルトムントの手中に収まりかけていたアンフィールドの空気が変わる。
リヴァプールの選手達は、水際の際の際まで追い込まれた事により息を吹き返す。
*教え子達と68メートル
2点を追いかける展開となり、ボールを保持する時間が長くなるリヴァプール。
ドルトムントはプレッシングを取りやめ、自陣に守備ブロックを構築する。
リヴァプールは2ボランチのジャン、ミルナーのどちらか1人を最終ラインに落とし、3対2の数的優位を作ることで、前を向いたフリーの選手を作る。
またその時、CB間に入るパターンと右SBクラインが上がった裏のスペース(後述)にポジショニングすることが多かった。
従ってリヴァプールの攻撃は右サイドからの始まる事が多く見られた。
その後ろに2列目が4人、3列目に4人が並び3ラインを形成するもの。
この日、ドルトムントの守備は規律的と呼ぶにはほど遠いものであった。
まず最初の守備の1列目(香川、オーバメヤン)の脇でボールを持たれた際の対応への再現性は低かった。
例えばどちらもボールに寄せたり、どちらもボールに寄せなかったり、位置を下げスペースを埋めたり、CBを放置し中央のパスコースを切る等対応は様々であったが、機能しているとはとても言えず、試合の主導権はリヴァプールが握る運びとなり、ユルゲン・クロップは3つの策でドルトムントの攻略に挑んでいた。
右から左に攻めるリヴァプール
サコーからパスを受け、CB間に下りたミルナー
前を向いたミルナーは高い位置を取るSBクラインへ展開
長いボールを収めるクライン
ここで難しい選択を迫られたのはドルトムントの左SB、シュメルツァー
ボールを持つクラインへ寄せると、マークすべきララーナが空き
ララーナをチェックするとクラインに前進される。
シュメルツァーはどちらにも寄せないステイを選択。
クラインからララーナに斜めのクサビが入る
流れるような2タッチでララーナは裏に抜けるオリギにパス。
抜け出したオリギに着いて行くCBのソクラテス。
抜け出したオリギはシュートを放つも、ソクラテスがシュートブロック。
SBのクラインを上げ、右サイドのユニットで有機的な崩しを見せるリヴァプール。
それに対し、”ボールサイドへ絞る”ことで対応するドルトムント。
ピッチの横幅は68メートル、それを4人で覆うのは不可能。
だが、片側だけ(34メートル)4人で守るのは可能だからピッチの半分まで絞って人口密度をあげることで守るといったトゥヘルの守備プランである。
なので、さっきの局面も
こうなるんですね。
右SBのピスチェクが中央まで絞ることで一方のサイドで数的優位を作り出し、リヴァプールのコンビネーションプレーに対応が出来ると言う訳です。
1st legでは左SBシュメルツァーの絞りの甘さを利用し、ジグナル・イドゥナ・パルクを湧かせたクロップ。
(1st legのおさらい)
*2色の34メートル
ユルゲン・クロップ、この日は「どうやって崩して行くのか」
その答えはわずか1分後に明らかになる。
右から左に攻めるリヴァプール
右サイドの深い位置で前を向いたミルナー
パスを受けるララーナは事前に首を振って背後を見る事で(スペースの有無、オリギが抜け出しているか、ドルトムントのDFラインの高さ)を確認する。
ドルトムントは左のSB、SHを中央まで絞り対応。
ミルナーからララーナへ斜め方向の縦パスが入る。
ララーナは淀みの無い2タッチでSB裏のスペースに流れるオリギに展開。
ララーナからオリギへボールが移る
前を向いたオリギはフィルミーノにパスを出そうと試みる。
ここで上手かったのがフィルミーノのニア斜めに入る動きである。
ニアに入ってシュートに持ち込む為のランニングだと思うが、結果的にCBソクラテスとSBピスチェクの2人を釣る動きとなる。
左サイドからSBのモレノが猛然と駆け上がる。
オリギはクロスを上げる
大外のスペースを傍受し、フリーでボレーシュートを放つモレノ。
(なお、シュートは大気圏)
SBのピスチェク、SHのムヒタリアンが中央まで絞りきる事でボールサイドは意図的な密集を作り出す事が出来る一方、ボールの無いサイドは必然的に無人となる。
1分前に右サイドで完結する攻撃を見せていただけに、一気に逆サイドへ展開されるとドルトムントの守備対応も困難を極める。
1st legではシュメルツァーの絞りの甘さに着手し、アウェーのゴールネットを揺らしたが2nd legではピスチェクの正確な絞りを逆手に取ることで得点を狙う。
ドルトムントを知り尽くした男は、いくつもの手段でドルトムントを苦しめる。
そしてこの日、狙われたのはピスチェクだけではない。
右から左に攻めるリヴァプール
ボールを持って前を向くジャン
ロイスはサイドで起点になれるクラインへの経路を遮断。
ジャンは空いたララーナに縦パスを入れる
ファーストタッチで前を向くララーナ
背後を取られたロイス。
縦パスが入った瞬間に潰しに出たい両CBも、背後のオリギの裏抜けが気になるので、当たりに行けずズルズルと最終ラインを下げる。
ララーナはクラインにパス
クラインはダイレクトでサイドチェンジ。
ピッチの半分まで絞るドルトムントは急いで逆サイドにスライド。
サイドチェンジを受け取るモレノ
左SBピスチェク、左SHムヒタリアンはボールマンへ寄せる。
左45度でコウチーニョがフリーに。
しかし、モレノはクロスを選択してしまう。
またも右サイドを攻略し、ゴールに迫るリヴァプール。
そしてこの試合、クロップが狙いを定めたのはマルコ・ロイス。
*マルコ・ロイスの位置取り
基本的に右サイドから始まるリヴァプールの攻撃。
最初の標的となったのは左SHのロイス。
ララーナはCB-SB-SH-CHのボックス内にポジショニング。
クラインはワイドに張る事で横幅とパスコースを作る。
リヴァプールはロイスの位置取りを基準として攻撃を始める。
一方、ドルトムントは1列目が機能していないので、2トップ脇で簡単に前を向かれてしまう。
ロイスはクラインを切るとララーナに間受けされ、ララーナへのコースを閉じるとクラインから攻撃を展開されてしまう最悪の2択を迫られる。
CBフンメルスやSBシュメルツァーが潰しに行ければいいのだけど、フィルミーノやオリギが背後を狙い続けるため、行くに行けないというメカニズム。
これはロイスの位置取りが悪いというよりもトゥヘルが悪いです。
そもそも2トップの脇であんなに簡単に前に向かれると話にならないです。
アトレティコマドリーとかだとボールサイドのSHが前に出てきて3対3+守備ブロックのスライドで超圧縮し、ボールにプレッシャーを与え続けるのですが、今節のドルトムントにその姿勢は欠片もありませんでした。
カウンターの設計に時間を費やしすぎたのでしょう。。。
そしてクロップのドルトムント攻略、3つ目の策が現れる。
*3つ目の落とし穴
右から左に攻めるリヴァプール
ドルトムントはボールサイドに守備ブロック全体を寄せる。
サイドチェンジを受け取るモレノ
左から右へスライドするドルトムント
コウチーニョは左SH-左CH間にポジショニング
更にコウチーニョは右CH-右SHにポジショニングするフィルミーノへパス。
フィルミーノからリターンを受け、バイタルエリアで前を向くコウチーニョ
低く抑えたシュートを放つもCBに当たってCKに。
前半最大のチャンスを迎えたリヴァプール。
2nd leg、クロップが狙った3つ目の穴は緩慢な横スライドである。
ドルトムントがサイドチェンジによる横の揺さぶりに弱く、選手同士の横距離が遠い事に着目したクロップは、ロイスのいる右サイドから攻撃を始め、コウチーニョのいる左サイドで攻撃を終える計画を立ててきた。
いまのリヴァプールは「大正義コウチーニョにどれだけ良い状態で良いボールが渡せるか」が全てなのである。
ここではコウチーニョが王様であり、コウチーニョこそが法律なのである。
それならばコウチーニョのいる左サイドから攻撃を始めた方がいいのでは?
と思うリヴァプールファンもたくさんいるだろうが、そう簡単にはいかないのである。
右から左に攻めるリヴァプール
CB-SB-SH-CHのボックス内でボールを待つコウチーニョ
サコーはモレノにパス
パスを受け取るモレノ
ここで巧みだったのは、縦パスを消しながら寄せるムヒタリアン。
まず中を使わせない事を最優先とし、ボールをSBに誘導、コウチーニョのコースを切りつつモレノに寄せる事でバックパスを出させる事が出来るのがムヒタリアンで、中か外かを切るかで終止迷っているロイスと大きく異なる点ですね。
挟み込まれそうなモレノがサコーに戻し、ボールはジャンへ繋がる
ここが勝負所。
コウチーニョが両手を下げ、バックステップを踏み、首を振って後ろを確認している。
ここはビシっとヴァイグルーカストロの門に縦パスを通して、コウチーニョの間受け炸裂と行きたいリヴァプールだが
お、おう・・・(落胆)
いや、決して悪い選択とは思いませんよ?
ドルトムントの最終ラインも高めだったので狙いそのものは良いと思います。
ですが、コウチーニョへの縦パスを通せない選手が、モレノへの長いパスを通せるかっていうと可能性は低いと思うんです。
さらにこういった長いパスも、中を食い荒らして相手を中央に圧縮させてから出した方が効果も高まる上、難易度も下がるので、やはりここは中のコウチーニョを選択したいシーンでした。
リヴァプールが左サイドから攻撃が始められなかったのはムヒタリアンの賢明な位置取りと展開力の低いリヴァプールのボランチが原因です。またミルナーが右サイドの底にばかり流れてたのは、右利きで縦パス、角度を付けた斜めのパスが出しやすかったからだと思います。
右利きが左サイドに流れると敵に対してボールを常に晒してしまう状態となるので、ミルナーを流さず、左利きのサコーを固定していた理由でもあるのです。
リヴァプールの中心はコウチーニョ。間違いなくコウチーニョです。
もう2億回はツイートしたと思うのですが、リヴァプールはコウチーニョを最大限に生かす為に、左利きの縦パス製造機を獲得するべきだと思うのです。
獲得の噂に上がってるボルシア・メンヘングラードバッハのグラニト・ジャカだとか
スカウトを送ったとされるビジャレアルのブルーノ・ソリアーノが来た暁には、スカウトに敬意を表してブルーノと同じ髪型にしましょう。
幾つかのチャンスを作るも決められないリヴァプール。
追いつめられるも45分を耐えきったドルトムント。
スコアは0−2のまま、前半が終わる。
*後半
4万人超の『You'll Never Walk Alone』 がアンフィールドに響き渡る中、後半が始まる。
両チームとも選手の交代は無し。
また、最初に動いたのは勝っているドルトムントの方だった。
自陣で4−4−2のブロックを組み、低い位置からカウンターを狙う姿勢を見せていた前半のドルトムントだったが、このままだと失点も時間の問題と考えたトゥヘルはシステムを変更。
香川とポジションを変えたロイスがオーバメヤンと共に前線の2枚に。
再び敵陣深くまでプレッシングを敢行するよう変更されていた。
おそらく2点を守るよりも3点目を穫りに行くという意味合いでの采配だろう。
トゥヘルが切った舵は勝利の島へたどり着けるか。
*解禁されたプレッシングとリヴァプールの先制点
左から右に攻めるリヴァプール
ジャンに対し、出足の速いチャレンジを行ったのが香川。
後方が続いて押し上げて行きたい局面だが
ここで香川のチャレンジに対するカバーリングが効いてないドルトムント。
ロングボール後なので陣形を整えておくべき局面ですが、それが出来ず命取りに。
(ロイスの所がバカンブや岡崎ならプレスバックで対応できていそうな気も。)
ポンポンと繋ぐリヴァプール
フンメルスはヨーイドンで蹴り出されたボールに追いつけず
スピードを落とす事なく6本のダイレクトパスを繋いだリヴァプール。
裏に抜け出したオリギがトゥーキックでシュートを沈め、1点を返す事に成功。
1−2。
それでもあと2点が必要な苦しい状況ですが、逆転したかのようなお祭り騒ぎのリヴァプールファン。声援に応え、スタンドに向けガッツポーズを放つクロップ。
ピッチ上の11人を後押しするアンフィールドの雰囲気はさらに高まる。
プレッシングを解禁した事で、後方にスペースが生まれてしまったドルトムント。
相手のスピードを全く緩める事が出来ず、失点。
あとは守るだけで突破出来るはずですが、1失点した事で萎縮。
普段見ないような凡ミスを連発、試合のペースは完全にリヴァプール。
が、あのドルトムントがこれで終わるはずも無く。
*Game over. 1-3. Reus
右から左に攻めるドルトムント
最前線のオリギがそのままフンメルスに着いて行く
フィルミーノとララーナで挟み込みたいリヴァプール
が、ララーナはヴァイグルに、フィルミーノはシュメルツァーに着く意識が高すぎるあまり、肝心の中央を空けてしまう
オリギがフンメルスに追いつき右足の前に立つ事に成功
それでもフンメルスは左足で質の高いラストパスを出し、クラインの視野外から斜めに走り込むロイスがサイドネットに丁寧に送り込む。
1−3。
三度目の大歓声を上げるドルトムントのサポーター。
得点したロイスは両耳に手を当て、更なる声援を求める。
ゾーン殺しの代名詞、WGの大外カットインですが、SBは視野の外から来られるので対応はほぼ不可能になります。
ここで大事なのが隣のCBのポジショニング。
この局面、右CBのロブレンも香川に着く意識が強く、高い位置を取ってしまっているのでロイスに着いて行く事が出来ず失点。
理想的なことを言えば
こうできていたら、少しは防げた可能性もありそうです。
3点目、フンメルスのチート性能はちょっと度が過ぎてます。
CBがあそこまで運んで逆脚であの精度のパスを出そうものなら、それはもう笑うしか無いです。
あれがシュクル◯ル、スモー◯ングだとかガリー・ケーヒ◯みたいなプレミアリーグにいがちな空軍兵と同じポジションだって言うんで、モウリーニョ的に言うと「nothing to say」です。
とはいえ、ララーナとフィルミーノがちょっと信じられないレベルのミスだったので、あそこで勝負があったのかなという感じです。
というかロイスがあの形に持って行けば、ほぼ間違いなく決めます。
あれはロッベンのカットインシュートみたいなもので、1人くらいならお構い無しでサイドネットに流し込まれますので、この状況を作られた時点でチェックメイトです。
余談ですがロイスがシュートを決めた際にリヴァプールの地元紙「Livepoor Echo」の記者、ジェームズ・ピアースが「Game Over Reus」とツイートし、プチ炎上する珍事が発生wwwwwwwwwwwwwwwww
(なおその後、俺じゃない!!ハッキングされたんだ!!とツイートww)
*コウチーニ王の1秒
スコアを1-3にされ、動くクロップ。
フィルミーノ、ララーナを下げ、スタリッジとジョーアレンを投入。
それに伴い、布陣も4-4-2のダイヤモンドに変更。
クロップが振った賽の目は10分後に答えを見せる。
左から右に攻めるリヴァプール
ボールホルダーはモレノ。
インサイドハーフのアレンがワイドに張る事で、モレノとポジションをチェンジする
カストロがサイドにスライドし、香川も絞ってコウチーニョへの門を閉じようと試みるもムヒタリアンの絞る意識に比べるとやや甘いもので、コウチーニョへのパスを通されてしまう。
と、その前にコウチーニョにパスが通る数秒前を。
2秒前、パスを受ける前の動き。
一度SB-CB間に切れる動きをいれるコウチーニョ
これが何を意味するかと言うと
ほんのわずか、数10センチですがSBピスチェクを後退させることで、自身の使えるスペースを生み出しているんですね。
小さな動きですが、これが大きな差に繋がります。
1秒前、首を振って後ろを確認するコウチーニョ
パスを受ける前のコウチーニョは3つの事を確認する。
・SB-CB間にスペースがあること
・そのスペースにミルナーが斜めに走り込んでいること
・ロイスの横スライドがユルいこと
最後に王はパスを受ける直前に身体を開き、左足インサイドで受けて前を向く。
通常だとボールを受ける→コントロールする→前を向くという3つの過程を、コウチーニョは1つの過程にまとめる。
なおかつこれを高速に行う事で、少しでも早くボールに触れるんです。
また事前に首を振っておく事で、ボールを貰ってから次の選択肢を考える時間の短縮が出来る。ボールを持ってから早くする事は大前提として、ボールを貰った段階で次の展開に移れるようにしておく事前動作の質を高める。これが王たる所以です。
SB-CB間に走るミルナーに当て、リターンをもらうコウチーニョ
(フットサルでいうピヴォ当て→リターンの形ですね)
シュートブロックに飛び込んだフンメルスを1ステップでかわし、GKヴァイデンフェラーの手前でバウンドする速いシュートを突き刺し、2−3。
65:36秒にボールを受け、39秒にはシュートを決める約3秒間の超早業ですが、実際にボールに触れているのはおそらく1秒にも満たないでしょう。
それでも試合を動かしてしまうコウチーニョは格が違う。
こういうのを見てしまうと、なおさら縦パス出せるボランチ取ってこいよ欲が湧きますね。
バイタルエリアのド真ん中を使われて失点してしまったドルトムント。
CBはCFを見ないと行けないので、シュートブロックに行くタイミングが本当にシビアなのです。簡単に食いついたらラストパスに切り替える技術を持ち合わせているコウチーニョなので余計に難しいです。
こういうときは得てして逆SH(ロイス)の中絞りが重要だったりするのですが
ロイス先輩、ソックス直してる場合じゃないっす!!! !!!!!!
いやぁ、これだからイケメンは罪です。
ソックスを直す姿さえ優雅に写りますな。
そもそもロイスに細かい絞りとかを注文する方が野暮と言うもの。
この日も1ゴール1アシストの大活躍で収支はプラス。文句は言えないです。
しかし、同じ1秒でもコウチーニョの凝縮された1秒とロイスのソックスを直す1秒は余りに対称的に見えますね。
*退く香川とトゥヘルの采配
試合は残り25分で2−3、息の上がる展開に。
あくまで平静を保ち、このまま試合をクローズしたいドルトムントイレブン。
彼らに焦りをもたらしたのは他でもないリヴァプールファンだった。
その象徴的なシーンがこれで
シュメルツァーからの何でも無いパスを名手ロイスがコントロールミス。
メッシでもするような単純なミスですが、これに対し半狂乱のリヴァプールファンは大騒ぎ。
間違いなく試合が動く。
そう確信した5分後、狂乱は更に加速します。
3-3となる得点はCKから入るのですが、まずは前半にあったCKを。
1st legから継続してドルトムントのCK守備はマンツーマン。
人が人に着き、ニアに来たボールは香川が跳ね返す。
リヴァプールはショートコーナーを使うのが精々な物で、愚直に放り込んでは黄色い壁にボールを跳ね返されていました。
特にニアの香川、1人で5本も跳ね返してたみたいです。
それほどに質の低いCKを繰り返していたリヴァプール。
そんなリヴァプールがCKから得点を奪うのですが、ここでポイントとなったのが
15番のスタリッジとCBロブレンの2名。
そして香川の交代劇でした。
*責を問われるトゥヘルの策
リヴァプールのCKが数本続き、トゥヘルは続いているセットプレーの途中にも関わらず香川を交代、高さのあるギンターを投入。
ニアに来たボールを跳ね返し続けていた香川を下げた次のプレーで、ボールがニアを通過しドルトムントは失点。
これが試合後に物議を醸し出しました。
通常、セットプレーの前に選手交代を行うのは御法度とされているからですね。
「香川がいればあのボールも跳ね返していたから失点していなかった」
こういった論調でトゥヘルが激しく非難されていました。
吉原並の炎上を覚悟した上で書きますが、個人的には思うのが
「香川が交代した事とドルトムントが失点した事の因果関係は著しく低い」です。
これが香川が交代する直前のCKなのですが
ポストに立つカストロと香川の2人がニアのボールを跳ね返してます。
ここも香川がクリアしたボールを、リヴァプールが拾って再びCKに。
ここで香川とギンターが交代するのですが
香川の交替後、ニアの跳ね返し役が1人増えた3人になってます。
ニアへのボールが多いリヴァプールCKに対し、1人増やした3人で対応。
更に香川よりもフィジカルに富み、空中戦に強いギンターを置くトゥヘル。
ニアへのボールを警戒した上での香川の交代で、この整合性は非常に高いと思います。
視点をリヴァプールに移します。
ニアへのクロスを放り続けるも全く通らないリヴァプール
3点目はニアを通して決めるのですが、違いを作ったのはスタリッジ。
キッカーのミルナーが準備したのを確認し、スタリッジはフラッグ方向へ走り込む。
ミルナーが蹴ったボールはライナー性の低くて早いバウンドのクロス。
ここでスタリッジ、つま先でほんのわずかに軌道を変えるフリックパスを選択。
ボールはマーカーのヴァイグル、ニアのボールを跳ね返すムヒタリアン、ギンター、カストロの眼前を通り過ぎて行く。
次はこのボールに合わせる側に視点を。
ドルトムントはマンツーマンで人が人に着く。
ここではロブレンにはソクラテスが、サコーにはシュメルツァーがマークしている。
ロブレンはサコーをフリーにする2対2のスクリーンプレーを敢行。
クロスに合わせる為、ニアに走るサコーに着いて行くシュメルツァー。
ロブレンはシュメルツァーをスクリーン(壁)し、走行を阻む。
キレイにロブレンの右肩に引っかかるシュメルツァー。
ユタ・ジャズ時代のデロン・ウィリアムスとカルロス・ブーザーを彷彿とさせるスクリーンで、サコーがフリーになり、スクリーナー(壁役)のロブレンにシュメルツァーとソクラテスの2人がマークしている状態となります。
ここで難しい対応を迫られたのはロブレンのマークであるソクラテス。
理想的なのはシュメルツァーとお互いのマークを入れ替えるスイッチ。
ニアのサコーにはソクラテスがマークし、ロブレンはシュメルツァーに着いてもらうというマークの受け渡しですね。
あとはシュメルツァーがロブレンの肩に引っ掛けられる前に、ソクラテスがシュメルツァーに指示を出して、マークを受け渡さず、シュメルツァーがそのまま着いて行くファイトオーバーなんていう方法もあるのですが、これは一瞬での判断が難しいし、疲れるのでオススメしないです。
もっと話を深めると、壁役のロブレンの足が1歩でも動いた時点でリヴァプール側のファウルが取られてしまうので、シュメルツァーは上手い事ロブレンにぶつかってオフェンスファウルでマイボールにするって手段もありますが、これは審判が肉眼で判断するのはほぼ不可能なのでもっとオススメしません。
ということで、ソクラテスに問われたのは
スイッチしてニアに走るサコーに着いて行くという判断。
ですがソクラテス、1番やってはいけない何もしないを選択。
致命的とも言える距離がシュメルツァーとサコーの間に空いてしまい、スタリッジのフリックにサコーが頭で合わせ同点、3−3。
ファンから多大な人気を誇るサコーが決め、残り15分を残しての同点弾というシチュエーションにリヴァプールのスタンドは大歓声。
沸き上がるサコーコールと発煙筒の煙が上がり、混沌の渦と化すアンフィールド。
再び香川の話に戻りますが、トゥヘルとしては
「セットプレーの最中に香川を交代させる」というリスクを侵して
「ニアへの跳ね返し要因を増やす」というリターンを得た訳です。
更にギンターはフリック役のスタリッジを直接マークする訳でもないので、失点の直接的な原因に扱われるべきではないと思うのです。
「ギンターでは無理だけど、香川であればニアのボールを跳ね返せた」
「香川であればサコーのヘッドを止められた」
という理論を導くのは余りに難しいもので、そもそもあの失点はリヴァプールを手放しで誉め称えるしかないくらい完璧なスクリーンプレーです。
スタリッジのフリックも2対2のスクリーンプレーも本当に教科書に載せたいぐらいレベルの高いマンツーマン崩しのサインプレーだと思います。
と言う事で「香川が居ても居なくても失点していた」という結論に帰結しました。。
*This is Anfield
同点に追いつかれ、明らかに平常心を失うドルトムント。
76分を経過し、この試合では初めて追い込まれる立場となった 。
試合を落ち着かせるためトゥヘルはロイスとカストロを下げ、ギュンドアンとアドリアンラモスを投入。
クロップは負傷したエムレジャンを下げてルーカスを入れる。
両指揮官は3枚のカードを使い切った後も、テクニカルエリアを飛び出し、賢明に伸ばした両手のジェスチャーで指示を飛ばす。
こういった大舞台では声による指示はまず通らないので、腕や身体の動きで指示を出す事は監督にとって重要な技術となる。
声が通らないのも当然で、追いつかれたドルトムントサポーターも、追いついたリヴァプールサポーターも選手を鼓舞するチャントを必死に歌う。
神に願うような表情や信じられないといった顔を見せるリヴァプールサポーターに対し、統一されていたのはドルトムントのサポーターだった。
「お前ら、負けたら承知しねえからな」といった感情が見て取れるように声を張り上げ手を伸ばし、全力で背中を推すドルトムント流の応援はアンフィールドに響き渡っていた。
両選手達もそれに応えるように、足を動かす。
この正念場で冷静にダイレクトパスを繋ぎ、危険であればロングボールを選択しゴールから遠ざけるドルトムントはあくまで冷静に、ロジックに当てはめ残り時間を使う黄色と黒の11人はトーマス・トゥヘルのチームだなと再認識させられる。
一方のリヴァプールもユルゲン・クロップのチームなのだなと思わせられる。
少しくらい距離があっても全力で追い回す。
ダイレクトパスでボールの出所が捕まえられなくても、サイドチェンジでボールの行き先が帰られようともプレッシャーを与え続ける姿はクロップの目指す「フルスロットル・フットボール」の完成系なのかもしれない。
ボールを回すドルトムントと追いかけるリヴァプールの構図となり、時間は淡々と経過
し、試合が動いたのは、時間にして89分。
リヴァプールサポーターの歌う『You'll Never Walk Alone』が途切れた数秒後、クラインがシュメルツァーに倒され、リヴァプールはFKを得る。
キッカーはミルナー
ドルトムントはオーバメヤンを壁に設定し、残された人で弾き返す。
残り9人。
ここで違いを作ったのは3点目同様、あの男だった。
フンメルスが両手を広げ距離感を調整し、シュメルツァーがゴールとの距離を確認するため後ろを向いたその瞬間、スペースに走り出したスタリッジ。
スタリッジに着いて行くシュメルツァーとそのカバーに備えるムヒタリアン。
残り7人。
パスをコントロールするミルナー
残り6人。
クロスを上げるミルナー
長髪をなびかせニアに走るのはアレン
ドルトムントはニアのアレンに多くの人数を割いてしまい4人がチェック。
また中央ではシュメルツァーとサコーが肉弾戦を行っている。
従ってミルナーがクロスを上げる際には
クロス対応の枚数は全部で6枚と揃っているのですが
リヴァプールの2人に対し、ニアと中央には5人。
しかし、ファーはアドリアンラモスの1人と非常に危険な状態となっている。
ピッチの上を転がりながら上げたミルナーの優しいクロスは、ニアポストを越え選手達の頭の上を通過し、ふんわりとファーに舞い込む。
アドリアンラモスの頭1つ上を飛んだロブレンが頭で叩いたボールは、ポストの内側と衝突したコンマ数秒後、呼吸と一緒にゴールへ吸い込まれる。
4−3。
この試合で始めて勝ち上がるチームが変わった90分34秒。
選手、サポーター、クロップ、スタジアム警備のスチュワードも入り乱れての歓喜の輪となり感情が爆発。
奇跡の4点目をいまだ信じられない様子のリヴァプール。
違った意味で信じられない様子のドルトムント。
3000人のサポーターはタオルを投げつけ、中指を立て、声を荒らげる。
開始早々掴みきったはずの勝利は、終了間際にこぼれ落ちてしまう。
しかし、まだ試合は終わってはいない。
時間は91分、残り3分で得点を狙うドルトムント。
追う立場となり苦しい顔でスプリントを繰り返す選手達は、数分前のリヴァプールとまさしく同じ姿だった。
その迫力は12-13シーズンのCL、マラガとの2nd legを思い出させる。
気迫はピッチに具現化される。
93:26、自陣の低い位置から繋ぎドリブルで仕掛けたシュメルツァーがルーカスに倒され、絶好の位置でFKを得るドルトムント。
残り30秒でのラストチャンス、キッカーはギュンドアン。
指揮官トゥヘルはピッチに背を向け、ドルトムントサポーターは神に祈るような表情でキッカーのギュンドアンを見つめる。
リーダークロップは腕を組み堂々と戦況を見つめ、リヴァプールサポーターはこの日何度目かわからない『You'll Never Walk Alone』を熱唱。
スタジアムの全員が呼吸を止め、様々な思いが交錯する刹那、ギュンドアンの放ったシュートはポストの脇を通る。
その瞬間、ジュネイト・チャクル主審の笛が鳴り、試合終了。
FT Liverpool 4 - 3 Borussia Dortmund
試合終了後、リヴァプールのサポーターは『You'll Never Walk Alone』を熱唱する。
それは愛するリヴァプールの選手だけではなく、敗北したドルトムントの選手達に送られたようにも見えた。
走る選手達、監督のクロップ、ベンチスタッフを信じ続け、共に戦い、願いを諦めなかったリヴァプールサポーター。
彼らの夢はもう少しだけ続く事になる。